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青い焔/黎明の看経

青い焔/黎明の看経

KYC-023
880(税込)

数量

作曲:山田耕筰  


・内容:ピアノピース

収録曲&解説


「青い焔」
管弦楽による舞踊詩のピアノ・スケッチとして1916年3月8日に一旦書かれ、翌17年11月にピアノ曲として山田自身によって初演された。その後1918年4月にニューヨークにおける舞踊家伊藤道郎の公演において、振付つきで上演され、1922年には石井漠が管弦楽版の『青い焔』を踊っている。
 半音階、減和音や増和音が多用され、急速な運動と静寂の交錯といった、1914年に書かれたピアノによる7つのポエム「彼と彼女」などにおける初期の山田の特徴が、さらに充実した形で展開される。舞踊のプロットによると、中央に胸ほどの高さの生血を思わせるような紅い柱が置かれた古城の一部で、男女の狂おしいような生々しい踊りが展開されるのだが、そこには山田の死生観や男女観などが色濃く描かれている。 

「黎明の看経」
1916年10月24日に書かれたピアノ小品で、翌月11日に作曲者自身のピアノで初演された。看経とは読経、誦経などを指す。初演時のプログラム・ノートにおいて「友の家で聞いた、看経の音が、この曲の生まれる原因となりました」と山田自身が語っているが、ちょうど全曲を通して聞こえる変ト音のオスティナートが「看経」の描写であろう。またその「看経」を彩るフレーズは無駄な装飾を一切廃し、音の“間”を活かした、仏教的とも言える世界を形作っている。なるほど読経のように聞こえてくるし、日本庭園のひんやりとした静謐な空気感をも感じられる音楽である。1922年には石井漠によって舞踊詩として舞台上演された。

作曲:山田耕筰  


・内容:ピアノピース

収録曲&解説


「青い焔」
管弦楽による舞踊詩のピアノ・スケッチとして1916年3月8日に一旦書かれ、翌17年11月にピアノ曲として山田自身によって初演された。その後1918年4月にニューヨークにおける舞踊家伊藤道郎の公演において、振付つきで上演され、1922年には石井漠が管弦楽版の『青い焔』を踊っている。
 半音階、減和音や増和音が多用され、急速な運動と静寂の交錯といった、1914年に書かれたピアノによる7つのポエム「彼と彼女」などにおける初期の山田の特徴が、さらに充実した形で展開される。舞踊のプロットによると、中央に胸ほどの高さの生血を思わせるような紅い柱が置かれた古城の一部で、男女の狂おしいような生々しい踊りが展開されるのだが、そこには山田の死生観や男女観などが色濃く描かれている。 

「黎明の看経」
1916年10月24日に書かれたピアノ小品で、翌月11日に作曲者自身のピアノで初演された。看経とは読経、誦経などを指す。初演時のプログラム・ノートにおいて「友の家で聞いた、看経の音が、この曲の生まれる原因となりました」と山田自身が語っているが、ちょうど全曲を通して聞こえる変ト音のオスティナートが「看経」の描写であろう。またその「看経」を彩るフレーズは無駄な装飾を一切廃し、音の“間”を活かした、仏教的とも言える世界を形作っている。なるほど読経のように聞こえてくるし、日本庭園のひんやりとした静謐な空気感をも感じられる音楽である。1922年には石井漠によって舞踊詩として舞台上演された。